Hello!#07
Neighbors
型があるものを、
自分なりに刷新していく
脚本家・映画監督
寒竹 ゆりYuri Kanchiku
Netflixで配信され、大ヒットを記録したドラマ
『First Love 初恋』。
満島ひかり&佐藤健のW主演でも
話題となったこの作品は、
忘れられない男女の恋の軌跡とともに、
こだわり抜かれた映像美でも話題に。
脚本&監督を担当した寒竹ゆりさんに、
制作秘話を伺うなかで、
ものづくりにおいて見失いたくない、
ある大切なモノが見えてきました。
幼少期から物語の世界に憧れて
アガット商品企画 大森庸恵(以下大森) 『First Love 初恋』、全9話拝見しました。20年にわたる壮大な恋のストーリーもそうですが、色彩豊かな映像にも心を打たれて。アガットのスタッフにも大ファンがいて、今回お話を伺うのを楽しみにしていました。
寒竹ゆり(以下寒竹) ありがとうございます。実は私も学生のころ、新宿フラッグスに入っていたアガットのショップをよく覗いていて……。
大森 え、本当ですか!? そこで店長をしていた時期があるんです、私。
寒竹 不思議なご縁を感じますね。
大森 本当、嬉しいです。寒竹さんは日大の藝術学部で脚本を学ばれたとのことですが、早い段階から映画監督を志望されていたのですか?
寒竹 映画って昔から総合芸術って言われていて。幼い頃から服も絵を描くのも音楽も建築も好きだったので、何かを表現したいと思ったときに映画がちょうど良かったというか。あまりそういった方向で目指す方は少ないかもしれないのですが……。
大森 それが寒竹さんらしさというか、独自の視点やクリエイションにつながっているんでしょうね。
寒竹 元を辿ると、小学生の頃は劇作家になりたかったんです。図書室にあったニール・サイモンの戯曲集に影響を受けて。お遊戯より劇が好きで、8ミリビデオを撮っていたりしたから「いずれやるんだろうな」とは感じていて。どうやったらなれるのかわからなかったら日藝に入った。そんな感じです。
大森 そんな早い段階から将来を予感していたのがすごい……!
寒竹 中学の卒業アルバムには書いてありましたね(笑)。ただ監督業をやるとは想像していませんでした。
“型”があるものを刷新していく難しさ
大森 寒竹さんって佇まいや話し方からも、スタイルがシンプルに伝わってきますよね。装いにルールなど設けてらっしゃるのでしょうか。
寒竹 今日みたいにモノトーンの日もあれば色のある服を着る日もあるので、ルールは特にないです。ただ基本的にはタイムレスでシックなものが好きですね。長く着られるもの、例えば生地や縫製にはこだわりがあるかもしれません。
大森 ジュエリー選びに関してはいかがでしょう?
寒竹 ジュエリーの世界には“定型”というものがありますよね。だからこそできることって限られていて、時代が進めば進むほど新しいアプローチが難しくなってくる。「何かに似ているな」ってソースがすぐわかってしまうというか。
大森 確かに。
寒竹 でもそんな現代でも、モチーフ使いなどで「何か新しいアプローチを仕掛けようとしている」っていうのはすぐわかると思っていて。自分がジュエリーを選ぶときも、試行錯誤の跡が見て取れるものにぐっときますね。
大森 さすが、クリエイターの方ならではの視点ですね。
寒竹 私がいる物語の世界もきっとそうで、「過去作品をトレースするだけ」っていうのと、一作ごとに「何かやろうとしている」っていうのは、観ている方におのずとバレてしまう。そこに対していかに研鑽を積むかが私たちの仕事だと思っているので、そこはジュエリーの仕事と共通する部分なのかもしれません。
大森 お客様にいかに新鮮に感じていただくか。日々その戦いですよね。
属性の違うジュエリーを心地よく調和させる
大森 今日はお気に入りの私服に、アガットのジュエリーを合わせていただきましたが、普段はどんなジュエリーをつけることが多いのでしょうか。
寒竹 いつもシンプルなネックレスやリングで固めたりと、方向性が偏ってしまうのですが、今回改めてアガットのコレクションを拝見し、繊細なものにエッジィなものを組み合わせたり、対極にあるミックス感が素敵だったので真似をしてみました(笑)。
大森 ネックレスとブレスはインポートものを、リングはオリジナルを中心に選んでいただきました。
寒竹 普段なら無難に収めるところを、1点物をミックスしたり、属性の異なるリングを組み合わせて、テイストをはずしたところがポイントでしょうか。
大森 シェルにパール、ダイヤモンドにコイル……多様なモチーフが共存していますね。ちなみに右手薬指に重ねて着けていただいた3本のリングは、地金のゴールドがそれぞれ違って、上から K5、K10、K18となっているんです。
寒竹 グラデーションみたいで素敵ですよね。私の誕生石でもあるダイヤモンドもあしらわれていて、すごく気に入りました。
大森 ありがとうございます。
寒竹 アガットさんが素敵だなと思うのは、まだこういうアプローチが考えられるんだって、デザインで感動させてくれるところなんです。
大森 本当ですか、嬉しい!
寒竹 人間という“身体”に対し、沿ったり動いたりと見え方が変わることまで、ちゃんと計算されて作られているので、それが面白いなと。1つのブランドのなかで、細工がきちんとされているK18のジュエリーと、インポートの1点ものを合わせられる、その自由さも魅力ですよね。
ノイズを省き、
心地よいバランスを探っていく
大森 ジュエリーの楽しさって「自分らしく纏うこと」にあると思うのですが、寒竹さんは普段ジュエリーをどう取り入れていますか?
寒竹 服もジュエリーもその日会う方によって方向性を決めるので、行く場所が変わると自然と選ぶ思考が変わってきます。あとは……空の色とか?
大森 空の色! すてきですね。
寒竹 イタリア人がなぜ革靴を好むかというと、石畳の街並みに茶色の靴がマッチするからだと聞いたことがあって。確かにそうだなって。
大森 なるほど。
寒竹 あとは色や質感、時計との相性とか、全体の調和を大切にしています。なんだかノイズになるものが苦手で。1つでも違和感のあるものをつけていると、その日1日がダメな気がしてしまって。現場でモニターを見ていても「これどけて!」って、いつもスタッフを大変な目に落とし入れています(笑)。
大森 視界が1つのフレームになっていて、違和感のあるものが目に入ると落ち着かないのでしょうね。
寒竹 撮影ではその目が必要ではあるので、普段から癖がついているのかもしれません。
大森 でもその日選ぶもので、自分のコンディションが見えることありますよね。私もこんなに石を扱うブランドにいるのに、なぜか地金のリングばかりしている時があって。「今日は守りに入っているな、おとなしくしておこう」って思うんです(笑)。
寒竹 そういうことってありますよね。
大森 洋服って会う相手に合わせて選ぶ部分が多いけれど、ジュエリーは「みんなに見せている姿はこうだけど、本当はこう!」って、自分自身を表現できるもの。なので普段はクールな格好されていても、華奢なパールのリングを1本しているだけで、「本当のこの人はこうなのかも」と背景が見えて面白いんです。
寒竹 確かに。私も1人のときにつけるジュエリーと、大勢の前で自分のビジョンを伝えようとするときにつけるジュエリーは違いますね。でもどんな時も側にいて、味方してくれるものですよね、ジュエリーって。
大森 本当にそう思います。何かにチャレンジしたいときや頑張ったご褒美など、ジュエリーは暮らしのささやかな記念日に寄り添えるもの。だからこそ洋服よりマインドが強く表れるアイテムでもあると思っていて。お気に入りのジュエリーひとつで気持ちが上がる、もうちょっと頑張れる。背中をポンっと押してくれる不思議なパワーがあるんだと思います。
日常の些細な出来事にも、
感覚を研ぎ澄ませて
大森 『First Love 初恋』の配信から1年が経ちますが、いま改めて作品と向き合ったときの心境は?
寒竹 私、自分の作品って観返さなくて、SNSも一切やらないんですよ。なのでスタッフやキャストから伝え聞くことがすべてなのですが、若い役者がいま注目されていたり、褒められた話を聞くのは嬉しいですね。
大森 つい最近も韓国のアワード(アジアコンテンツ&グローバルOTTアワード)に、主演の佐藤健さんと八木莉可子さん、そして寒竹さんが招かれていましたね。
寒竹 みんな1つの現場が終わればまた次の現場へ、流れるように仕事しているので、そのなかで少しでもエポックメイキングな作品が作れたら嬉しいですよね。どんな作品でも彼らのポートフォリオに入ってしまうわけで。恥ずかしいと思わせるものは作りたくないなって。
大森 同じく! 私たちもカタログやポスター含め、アガットから発信されるものはすべて“恰好よくありたい”と思っていて。見栄えだけではなく“伝えたいことは何か”を常に考え、ジュエリーと真剣に向き合いプライドを持ってモノづくりに取り組んでいます。お客様の手元に渡れば日々のラインナップのひとつになるわけで。だから寒竹さんの「恥ずかしいものは作りたくない」という気持ち、とても分かります。
寒竹 そこはきっと同じですよね。
大森 ちなみに、作品のインスピレーションって、どこから得ることが多いですか?
寒竹 基本的に人生すべてが影響していると思っています。今日のこの撮影も、乗ってきたタクシーも。それもあって私、携帯電話を持っていないのですが……。
大森 え、そうなんですか!?
寒竹 持っているとどうしても見ちゃうので。なので10年近く前、八ヶ岳に移住する前にiPhoneとお別れしました。
大森 すごい決断ですね!
寒竹 そのほうが、いろんな音や事象に気づけるかなって。
大森 五感を研ぎ澄ませる、という意味もあるのでしょうか?
寒竹 そんな恰好いいものではなく、大切なことを見過ごす気がして。だから周りが迷惑を被っている感じです(笑)。締切がある時期は、基本的にアイデアが出るまで、ひたすらパソコンの前で粘っているような日々で。だから日常での些細な気づきが、とても助けになるんです。
長い尺のなかで、いかに色を統制していくか
大森 『First Love 初恋』では、映像の緻密なカラーパレットにも目を奪われました。「色」という観点でのこだわりは?
寒竹 やっていることは色彩学のベーシックなことなんです。ファッションやグラフィックと一緒で、捕色を効果的に使うとか。ただ映像だとそこにあまり意識が向けられていないとずっと思っていて。というのも、動画では背景がどんどん変わるので、色を統制するのが難しいんですね。CMのようなセット空間であれば可能ですが、映画やドラマのような長尺では制約もあり簡単ではない。ではどうやったらできるのか、ずっと考えながら実験していました。
大森 では、ご自身が突き詰めたかった表現が、『First Love 初恋』で形となった感じでしょうか。
寒竹 完全ではないですが、ある程度は近づけたかなという気がします。コロナで撮影が1年延期になったので、その間に準備して。クランクインする前に、色彩設計に関するガイドラインを全スタッフに配って。劇中に出てくる黄色いタクシーも、北海道中から探してもらったんですよ。
大森 あれは実際にある会社の車なのですか? 撮影用に塗り替えているのかと思っていました。
寒竹 そうなんです。車体に載せる行灯やドライバーの制服はこちらで作ったのですが。そうやってノイズに感じる色を排除していく。だから現場では「色を省いていく」作業が多かったですね。
大森 光もすごく印象的でしたよね。街のライトが浮かびあがる感じも、計算されているのかなと思っていました。そういった美的感覚はどうやって育まれたのですか?
寒竹 小さい頃から絵は描いていましたが、独学ですね。今はもっぱら仕事でペンタブで描いているくらいで。
大森 では作品のなかで、寒竹さんが一番大事にしていることって?
寒竹 やはり脚本でしょうか。どんな腕がある監督でも、脚本が悪いとそれなりのもにしかならないと感じていて。脚本が見えてくれば、ある程度クオリティは担保できるので、そこに届くまで忍耐で取り組んでいく感じですね。
大森 骨子がしっかりあって、その上に初めて映像が成り立つということでしょうか。
寒竹 監督業は本当にご褒美みたいなものだと自分は思っていて。一人で何年もかけて書いたストーリーを、みんなが我が事として形にしてくれる。そのための根拠となるものを、脚本で示さなければと思っています。
下手な部分がわかるから、
あきらめきれない
寒竹 ところで、大森さんはなぜ今の職業に就かれたのですか?
大森 ちょっと変なエピソードなんですけど、先日、実家の引越しをするときにジェニー人形が出てきて。
寒竹 私もジェニー派でした。
大森 それを見たときに、子供にしてはお洒落というか、今に通じる色使いで洒落ていたんです(笑)。髪を編み込んでいたり、ピアスもピンクじゃなく黒を選んでいて。そのころはもちろん今の職業は想像していませんでしたが、やっていて楽しいことを仕事にするかどうか、幼少期にある程度きまってしまうんだろうなと。
寒竹 でも好きを仕事にしちゃうと、趣味がなくなりませんか? 私、何にも趣味がない人生です(笑)。
大森 え、では何がお仕事を続ける原動力に?
寒竹 これ以上の大変なことはないからでしょうか。やっていてわかるんです、自分の下手なところが。わからなければ趣味で終われるのでしょうけど。本を書いていても「人様にお見せできるレベルに達しているか?」っていうのは常に気になるし、そのくらいしか達成感を得られることがないんです。
大森 きっとご自分へのジャッジがすごく厳しいんですね。
寒竹 一回失敗したら次のオーダーがないかもしれない。それは戒めとして強く持っています。
大森 成長の足掛かりとなった出来事ってあったのでしょうか?
寒竹 実は『First Love 初恋』が7年ぶりくらいの監督作品で。ずいぶん撮ってなかったです、なかなか作品として成立しなくて。逃げることもやめることもできたので「誰からも見向きされなくてもやり続けるだろうか」とよく自問自答していました。
大森 寒竹さんにもそんな時期があったとは……。
寒竹 でもその間に鍛錬し続けられたのは、いつか機会が巡ってきたときに、どんな脚本でも書いてみせられる胆力をつけておこうと思ったからかもしれません。たぶん、やめない才能はあったんだと思います。
ものづくりの奥にはいつも、“届けたい人”がいる
大森 いま、寒竹さんは八ヶ岳にお住まいなんですよね。
寒竹 はい。基本的には誰とも会わず、生活者として暮らしをちゃんとやっている感じです(笑)。
大森 移住されたきっかけは?
寒竹 30代前半まで、首都高を見下ろせる交差点近くで暮らしていたんです。三重窓で風も感じないし、季節の匂いもわからなくなってきて、このままだと五感がどんどん鈍っていく気がして。ちょうどスマホを持つのをやめたりとか、いろんなものを削いでいこうと思っていた時期で、東京じゃなければどこでもよかったんです。
大森 ご自身のなかで、チャレンジをするしないはどんな基準で決めますか?
寒竹 仕事でいえば、お役に立てるかどうかですね。今日こうやってお話しするのも、大学時代アガットにしょっちゅう通っていたこと、『First Love 初恋』を観てくださっていたことにご縁を感じたからで。
大森 きっとそういった心持ちでないと、人の心を打つ作品はできないんでしょうね。クリエイターの方々って、いかにご自身の思いや世界観を表現するかが大事で、同じものづくりといえども、私たちとは別物という感じがあったのですが、共通点もあるんだなって。
寒竹 きっと目指している場所は一緒ですよね。
大森 ジュエリーも結局のところ、身に着ける人ありきなんですよね。人によっていろんな解釈があって、経年変化によって味が出ていく。そういうところが面白いなと思っています。
寒竹 アガットはモチーフの寄り添い方に、物語を感じるところが素敵で。本当にいろんな選択肢を与えてくれるブランドだなって思います。
大森 毎回テーマ決めが大変で。言葉選びはもちろん、それをビジュアルに落とし込む作業でも、みんな頭が爆発してるんですが(笑)。ただ美しく見せるのではなく、その背景だったり“ジュエリーから何を感じ取って欲しいか”と思うからこそ頑張るのですよね。だからこそ寒竹さんが「脚本が大事」っておっしゃっていたのはすごく腑に落ちました。骨子がしっかりしてないと、全然違うものになってきますし、お客様に伝わることも変わってくる。テーマを考えるのはいつも大変だけど、これからも頑張ろうって。今日は貴重なお話をありがとうございました。
※インポート商品は公式オンラインストアにはお取り扱いがございません。
※アーカイブ商品は現在お取り扱いがございません。
脚本家・映画監督
寒竹 ゆりYuri Kanchiku
1982年東京都生まれ。日本大学藝術学部映画学科在学中に脚本家としてデビュー。2009年に『天使の恋』で初の長編映画を監督、2013年に映画『ケランハンパン』でゆうばり国際ファンタスティック映画祭審査員特別賞を受賞。最新作となるNetflixシリーズ『First Love 初恋』では脚本&監督を担当、2023 アジアコンテンツアワード&グローバルOTTアワードの監督賞にノミネートされた。
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